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社長BLOG「販促気風」

愛知用水忘れてはならじ

愛知用水。

愛知県南部の大きな半島、

知多半島が緑豊かなのは

愛知用水という112kmにもわたる

用水があるからである。

それまでの知多半島の水は

井戸水とため池のみで、

毎年のように渇水に悩まされ、

命がけで水を奪い合った

悲しい歴史がある。

そのような苦境の中、

知多半島2万人(当時)の

命を救うために

立ち上がった男がいる。

久野庄太郎氏その人だ。

木曽川から水を引こう。

そう言って構想も何もないまま

一人活動を開始したのだ。

木曽川からの距離は100km以上。

「天に石を投げるような話だ。」

最初は誰も取り合ってくれない。

そのことが新聞に載ると、

それを読んだ一人の技師が

久野の家を訪ねた。

濱島辰雄。元満鉄調査部の高校教師だ。

「私は用水の図面を引くことができます。」

二人は夜通し語り合い、

手を取り合って泣いたという。

時に昭和23年7月。

そのときの出会いの感動と

命をかけた決心は

いかばかりのものだったろう。

その後も二人の活動は続き、

協力者も現れ、

当時の首相、吉田茂の元に

陳情に行くまでになった。

面会に許された面会時間は5分。

畳6畳分の手書きの計画地図を広げ、

結局1時間説明を聞いてくれた。

「食糧増産・失業救済、いいぢゃないか。」

 その半年後、吉田茂の号令で

農林省が調査に動き出す。

それからさらに予算的な苦労を重ね、

結局9年後に工事開始。

そして昭和36年9月30日、

なんと運動開始から13年。

知多の農業と産業、生活、

みんなの命を救う水が流れた。

久野庄太郎と濱島辰雄、

そして知多半島の全住民が夢見た

戦後最大の大プロジェクトが

完成したのである。

総出で水を迎えた住民の間に

大歓声が沸き起こったのは

言うまでもない。

ざっと語るとこんな感じになるが、

それらの話は水資源機構

http://www.water.go.jp/ 

広報誌「水とともに」の6月号からの連載、

水の思想 土の理想 <私説>世紀の大事業・愛知用水

にかなり詳しく書かれている。

まだ連載途中であるが、どうぞ読んでみてください。

PDFで公開されているので紹介しておきます。

http://www.water.go.jp/honsya/honsya/news/kouhoushi/0906/0906-05.pdf

http://www.water.go.jp/honsya/honsya/news/kouhoushi/0907/0907-05.pdf

http://www.water.go.jp/honsya/honsya/news/kouhoushi/0908/0908-05.pdf

http://www.water.go.jp/honsya/honsya/news/kouhoushi/0909/0909-05.pdf

なぜ私がこんなことを語るのか。 

実は昨日、地元の半田法人会青年部

30周年企画でこれらのことを学び、

94才になる濱島辰雄先生本人、

久野庄太郎氏の甥の久野博足様、

当時の農林省の当事者山田光敏様、

水資源機構の井爪所長様

などをお呼びできる大変ありがたい

機会に恵まれたからだ。

歴々のご本人達を目の前にして

当時のお話をお聞きするにつけ、

私の涙腺は決壊した。

ふだん何気なく使っている「水」

そこにこれほどまでの

命をかけたドラマが存在したこと。

奇跡的な出会いの美しさ。

思いをカタチにする底知れぬチカラ。

ゼロから事を興すフロンティア精神。

思いやりを持って事に当たる心。

やってできないことは無いという行動力。

みなさんのそれらの美しいスピリット、

若手経営者である我々の心に

ずしりと響きました。

本当にありがとうございます。

私は素晴らしい大先輩に恵まれたこと、

お姿を拝見できたことを誇りに思います。

そして伝えていただいた愛知用水の精神を

一生忘れることはありません。

今回のこの企画に多大なるご尽力をいただいた

愛知用水チャンネルクラブの孔様、

愛知池友の会事務局の安積様、

水資源機構の田村課長様、

素晴らしいご縁をいただきました。

本当にありがとうございました。

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